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倉敷市立西中学校


学校紹介


沿革

年代出来事

  S 22.4

岡山県倉敷市立第二中学校を設立
岡山県立倉敷高等女学校において開校式・入学式を挙行

  S 23.4国立岡山青年師範学校の一部を仮校舎として移転
  S 25.1校名を岡山県倉敷市立西中学校と改称
  S 29.3校旗を制定
  S 30.3校歌を制定
  S 31.8プール竣工
  S 32.6精神薄弱特殊学校(現 特別支援学級)開設
  S 42.3新体育館落成
  S 47.3特別教室6教室落成
  S 48.3特別教室継続工事6教室落成
  S 60.3特殊学級(現12組)新校舎落成
  S 60.8クラブハウス新設
  S 62.2校訓碑建立
  S 63.3図書室改修および移転
  H 3.3生徒用パソコン設置
  H 6.2西便所落成
  H 8.10

創立50周年記念式典
記念事業(国旗掲揚台・大時計等)完成

  H 13.3プール全面改築竣工
  H 16.2西中ホームページ開設
  H 17.12北校舎北側外壁改修
  H 18.9北校舎南側外壁改修
  H 19.7北校舎屋根瓦改修
  H 20.10南校舎北側外壁改修
  H 21.7南校舎屋根瓦南側外壁改修
  H 21.7屋内運動場耐震補強工事
  H 23.9東校舎外壁塗装工事
  H 24.8全教室にICT機器設置
  H 27.3プール西側道路舗装工事
  H 28.3体育館トイレ工事、壁面等補修工事
  H 28.3剣道場改修
  H 28.5G7教育大臣訪問
  H 28.7

北校舎・新館普通教室エアコン設置

  H 29.6南校舎・東側普通教室エアコン設置
  H 29.8

北校舎・中棟を仮設校舎へ移転,
大規模改修工事開始

  H 30.3

東館1階男子トイレ洋式個室設置

  H 30.4

体育館玄関へのスロープ設置

本校の歴史


校章の由来

創立時の実情と結団の精神を象徴

考案者は創立当時の職員・小玉勇一先生

昭和22年4月1日、西中の前身である倉敷市立第二中学校が設立。当時の第二中学校は、西富井の岡山県蚕業試験所跡の建物の一部を借りて本校舎とし、中学3年が2学級、2年が3学級の計5学級が在籍。1年生は分散校舎として、倉敷高等女学校に倉敷東小学校出身の女子生徒が2学級、大高小学校に2学級、中洲小学校に3学級を配置。

  校章

独立専用の校舎ではなく、4つの場所に分かれ、他校の校舎の一部を間借りするという不便で苦労を伴う出発であった。
本校の校章は、創立当時の職員で、後に岡山県議会議員になられた小玉勇一先生が、その当時の実情や団結精神を苦労してデザイン化したものである。
創立当時から現在まで続く校章のデザインは、倉敷市の「倉」の字を図案化した菱形がベース。4本のペン先は4つの分散校舎を表し、「学ぶ精神」をも象徴している。さらに「中」の文字にかかる2本の輪は、第二中学校の「二」を表すとともに、4本のペンを結び付け、「校舎は分散していても本校の生徒職員の心は一つ」という「結合と和」を意味している。

昭和25年、校名を倉敷市立西中学校に改称

昭和25年1月1日、倉敷市条例第208号により、校名を倉敷市立第二中学校から現校名の倉敷市立西中学校に改称した。同年4月には、岡山青年師範学校が岡山大学構内に移転したため、普通教室3と工作室を増設。昭和26年4月、岡山青年師範学校附属中学校も岡山大学教育学部附属中学校に吸収移転し、本校はさらに、図画教室、図書閲覧室及び衛生室を設置した。

昭和28年には待望の図書館も完成

昭和28年5月、PTAと市の援助を得て、経費60万円で学校図書館の整備を計画。募金活動も展開され、同年12年には、待望の学校図書館がついに完成した。生徒たちは図書館を大いに活用し、「基礎学力の研究」の県指定中心校になった本校では「基礎学力の高揚と図書館の活用」というテーマの発表会も開催された。
昭和29年3月には校旗が制定され、昭和28年度の卒業生たちから寄贈された。

「倉敷市立西中学校 50周年記念誌」より抜粋